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第2話 筋肉聖女なんて嫌ですよ!?

Author: 霧原いと
last update Last Updated: 2025-11-22 19:26:18

「さあ、説明は以上だ。敵が密集している地帯へ移動するぞ!」

「いえ、待ってください、大佐」

「なんだ、怖じ気付いたのか?」

「ある意味怖いですよ、半裸でキメ顔の貴方が!!」

 そう、カイル大佐は上半身裸だった。

 任務の説明の途中で突然上着を脱ぎすてたまま、私のいかなる説得にも応じず筋肉を見せつけ続け、そうして今もこうして堂々と立っている。

 確かにナイス筋肉だ。左右均等に盛り上がる大胸筋、腹直筋の彫刻のような割れ目、腕を少し曲げるだけで盛り上がる上腕二頭筋。

 ゲーム時代から彼の立ち絵にこっそり見えていた逞しい腕を堪能したことはあったが――実物は情報量が多すぎる。

 いや、本当に。情報量が。多すぎる。

「……っ」

 思わず目をそらす。正直、眩しすぎてまともに直視できない。視界がうるさいのだ。この状態で何の話をされても、筋肉以外が頭に入ってくるはずがない。

「移動するなら、とにかく着てください! 服を!!」

「必要ない。我々に必要なのは、任務遂行への固い意思だけだ!」

「ああ、その決め台詞をこんなどうでもいい場面で!」

 私は頭を抱えた。カイル大佐はふざけているわけではなく、本気だ。

 もともと寡黙で実直、融通が利かないところもあったが――今はそこに“筋肉信者”という属性が追加されてしまっているらしい。

「大佐っ……!」

 とはいえ、私はこのゲームを限界までやり込んだ女だ。理不尽なイベント分岐やAIの変な行動パターンも読み切ってきた。

 そんな私なら、この“半裸大佐”を正しいルートに戻す一手を打てるはず。

(考えろ、考えるんだ、私。――そうだ!!)

 熟慮の末、天才的なアイデアが舞い降りた私は、気合で悲し気な表情を作った。そして、しんみりと大佐に語りかけたのだ。

「大佐……、本当に、このままで良いのですか?」

「どういうことだ?」

「筋肉が……筋肉が、泣いています……」

「何っ!? 急に何を言い出すんだ」

「大佐には聞こえませんか。筋肉の悲しい泣き声が」

「筋肉の、泣き声……!?」

「そうです。まだ出番ではないのに晒されて……これでは本番の戦いで、実力を発揮できません!」

「……!」

 カイル大佐は愕然とした表情を浮かべた。その目が「そんなことが……!」と言っている。やっぱり真面目すぎる性格は健在だ。

「……確かに、コハルの言う通りだ」

 そう呟くと、彼は軍服の上着を羽織り直した。

 やった、ミッションコンプリート!

 私は心の中でガッツポーズを取った。これぞ展開を思い通りに運ぶプレイヤースキルである。

「新人の君から大切なことを教わったな。感謝しよう」

「いえ、いえいえいえ! 私としては服を着ていただければ何でも……ごほごほ」

「ふっ。それにしても、コハルには不思議な力があるのだな」

「えっ?」

「筋肉の声が聞こえるなんて……」

「え、そこ、食いつきますか? ええっ!?」

「まるで我が国の伝説の聖女のようだ」

「伝説の、聖女……??」

「ああ。かなり古い言い伝えなんだが――。

 かつて国が大軍に滅ぼされようとしたとき、一人の聖女が現れ、兵士たちの筋肉の声を聞き、それに応えるように筋肉に力を与えて、敵軍を退けたという……」

「よくある伝説だけど、筋肉要素が特殊過ぎる!」

「その後も、聖女自身は決して己の筋肉を誇示せず、国の筋肉を見守り続けた。しかし再び厄災が訪れ、魔物の大群が国を襲う。そのとき、ついに聖女自身の筋肉が彼女へ語り掛けた。『今こそお前の筋肉を解き放て』と。その瞬間、聖女は自らの筋肉を解き放ち、その白金の聖なる筋肉は光輝きすべての魔物を滅ぼしたという……!」

「聖なる……筋肉……??」

「ふふ、ただの古い伝承だ。忘れてくれ」

 ――忘れられませんが???

 なにそれ、あからさまな伏線フラグ。筋肉の声が聞こえる聖女って何? 白金の聖なる筋肉って何? 世界観どうなってんの?

 私、そんな珍妙な役割を押し付けられる可能性があるの……?

「は、ははは……。まあ、ともかく、行きましょう」

 乾いた笑いで誤魔化しつつ、私はそっと耳を澄ませる。

(……………………)

 ……よし、筋肉の声は聞こえない。このまま伏線が回収されないことを祈ろう。

 そう思った矢先、背後から別の兵士の声が飛んできた。

「おい、今の会話……本気か?」

「は? 何のことですか?」

「"筋肉の声が聞こえる"ってやつだ。……もしや、あんた、本当に聖女なのか?」

「だから違いますってば!!」

 この分だと、噂はあっという間に部隊中に広がるだろう。

 筋肉聖女――そんな二つ名で呼ばれる未来が、じわじわと迫ってくるのを感じた。

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