LOGIN「さあ、説明は以上だ。敵が密集している地帯へ移動するぞ!」
「いえ、待ってください、大佐」
「なんだ、怖じ気付いたのか?」
「ある意味怖いですよ、半裸でキメ顔の貴方が!!」
そう、カイル大佐は上半身裸だった。
任務の説明の途中で突然上着を脱ぎすてたまま、私のいかなる説得にも応じず筋肉を見せつけ続け、そうして今もこうして堂々と立っている。確かにナイス筋肉だ。左右均等に盛り上がる大胸筋、腹直筋の彫刻のような割れ目、腕を少し曲げるだけで盛り上がる上腕二頭筋。
ゲーム時代から彼の立ち絵にこっそり見えていた逞しい腕を堪能したことはあったが――実物は情報量が多すぎる。いや、本当に。情報量が。多すぎる。
「……っ」
思わず目をそらす。正直、眩しすぎてまともに直視できない。視界がうるさいのだ。この状態で何の話をされても、筋肉以外が頭に入ってくるはずがない。
「移動するなら、とにかく着てください! 服を!!」
「必要ない。我々に必要なのは、任務遂行への固い意思だけだ!」
「ああ、その決め台詞をこんなどうでもいい場面で!」
私は頭を抱えた。カイル大佐はふざけているわけではなく、本気だ。
もともと寡黙で実直、融通が利かないところもあったが――今はそこに“筋肉信者”という属性が追加されてしまっているらしい。「大佐っ……!」
とはいえ、私はこのゲームを限界までやり込んだ女だ。理不尽なイベント分岐やAIの変な行動パターンも読み切ってきた。
そんな私なら、この“半裸大佐”を正しいルートに戻す一手を打てるはず。(考えろ、考えるんだ、私。――そうだ!!)
熟慮の末、天才的なアイデアが舞い降りた私は、気合で悲し気な表情を作った。そして、しんみりと大佐に語りかけたのだ。
「大佐……、本当に、このままで良いのですか?」
「どういうことだ?」
「筋肉が……筋肉が、泣いています……」
「何っ!? 急に何を言い出すんだ」
「大佐には聞こえませんか。筋肉の悲しい泣き声が」
「筋肉の、泣き声……!?」
「そうです。まだ出番ではないのに晒されて……これでは本番の戦いで、実力を発揮できません!」
「……!」
カイル大佐は愕然とした表情を浮かべた。その目が「そんなことが……!」と言っている。やっぱり真面目すぎる性格は健在だ。
「……確かに、コハルの言う通りだ」
そう呟くと、彼は軍服の上着を羽織り直した。やった、ミッションコンプリート!
私は心の中でガッツポーズを取った。これぞ展開を思い通りに運ぶプレイヤースキルである。「新人の君から大切なことを教わったな。感謝しよう」
「いえ、いえいえいえ! 私としては服を着ていただければ何でも……ごほごほ」
「ふっ。それにしても、コハルには不思議な力があるのだな」
「えっ?」
「筋肉の声が聞こえるなんて……」
「え、そこ、食いつきますか? ええっ!?」
「まるで我が国の伝説の聖女のようだ」
「伝説の、聖女……??」
「ああ。かなり古い言い伝えなんだが――。
かつて国が大軍に滅ぼされようとしたとき、一人の聖女が現れ、兵士たちの筋肉の声を聞き、それに応えるように筋肉に力を与えて、敵軍を退けたという……」「よくある伝説だけど、筋肉要素が特殊過ぎる!」
「その後も、聖女自身は決して己の筋肉を誇示せず、国の筋肉を見守り続けた。しかし再び厄災が訪れ、魔物の大群が国を襲う。そのとき、ついに聖女自身の筋肉が彼女へ語り掛けた。『今こそお前の筋肉を解き放て』と。その瞬間、聖女は自らの筋肉を解き放ち、その白金の聖なる筋肉は光輝きすべての魔物を滅ぼしたという……!」
「聖なる……筋肉……??」
「ふふ、ただの古い伝承だ。忘れてくれ」
――忘れられませんが???
なにそれ、あからさまな伏線フラグ。筋肉の声が聞こえる聖女って何? 白金の聖なる筋肉って何? 世界観どうなってんの?
私、そんな珍妙な役割を押し付けられる可能性があるの……?「は、ははは……。まあ、ともかく、行きましょう」
乾いた笑いで誤魔化しつつ、私はそっと耳を澄ませる。
(……………………)
……よし、筋肉の声は聞こえない。このまま伏線が回収されないことを祈ろう。
そう思った矢先、背後から別の兵士の声が飛んできた。「おい、今の会話……本気か?」
「は? 何のことですか?」
「"筋肉の声が聞こえる"ってやつだ。……もしや、あんた、本当に聖女なのか?」
「だから違いますってば!!」
この分だと、噂はあっという間に部隊中に広がるだろう。
筋肉聖女――そんな二つ名で呼ばれる未来が、じわじわと迫ってくるのを感じた。あれから移動すること数十分、私たちは初任務の現場に到着した。ちなみに大佐は服を着ている。道中で5回くらい脱ぎかけたけど、私の決死の説得のおかげで何とか着衣を保っている!「ここが敵モンスターの居る場所ですね、大佐!」「そうだ、コハル。油断するなよ」 初任務、つまりこれはチュートリアルみたいなものだ。AI会話ゲームの展開は自由で無限大だが、この初期戦闘だけは大体内容が固定されている。「拠点確保のために、ここにいるモンスターの群れを倒すんですよね!」「その通りだ。コハルは魔法を使えると聞いている。君の戦闘能力を見せて貰おう!」「……!」 さらっと重要な情報が出た。どうやら、私は魔法使いタイプらしい。折角異世界転生したのなら、魔法を使ってみたいというのは全オタクの夢だと思う! 私はやる気に満ちあふれながら答えた。「お任せください!」 そして頭の中では冷静に、ゲームで何度も経験したチュートリアルイベントについて思い出す。 出現モンスターはランダムに数種類。フィールドラビット、オオネズミ、グラススネーク、ハーベストバードなどの動物系が主体だ。そこに少し強めのゴブリン、ゴーレム、ピクシーなどが何体か追加されるのが基本構成となっている。 重要なのは、モンスターの構成を最初にきっちり把握することだ。 カイル大佐の戦闘能力はかなり高い。強めのモンスターを彼に対応してもらい、自分は雑魚モンスターを倒す補助的役割をこなすことが出来れば、このチュートリアルはかなり安全にクリアできるのだ! ――ああ、何か今の私、凄く転生者っぽい!!「さあ、なんでも来いッ!!」 私の言葉を待ち構えていたかのように、草原の向こうから土煙を上げて敵が迫ってくる。「モンスターの構成は――って、ええっ!?」 だが、現れたのは様々な種族の入り混じるモンスターの群れ――ではなく、ぷるぷると揺れるスライムの大群だった。「ちょっと可愛い……って、違う! え、なに、なにあれえええ!?」「さあ行くぞ、コハル!!」「いや、待ってください、大佐! 違和感を覚えませんか!? スライムですよ、ぷるぷるの!! オールスライム!」「ああ、筋肉が足りていなくてけしからんな! 行くぞ!!」「何がですか!?」 私の突っ込む声は、スライムの大群襲来による混沌にかき消された。 しかしともあれ
「さあ、説明は以上だ。敵が密集している地帯へ移動するぞ!」「いえ、待ってください、大佐」「なんだ、怖じ気付いたのか?」「ある意味怖いですよ、半裸でキメ顔の貴方が!!」 そう、カイル大佐は上半身裸だった。 任務の説明の途中で突然上着を脱ぎすてたまま、私のいかなる説得にも応じず筋肉を見せつけ続け、そうして今もこうして堂々と立っている。 確かにナイス筋肉だ。左右均等に盛り上がる大胸筋、腹直筋の彫刻のような割れ目、腕を少し曲げるだけで盛り上がる上腕二頭筋。 ゲーム時代から彼の立ち絵にこっそり見えていた逞しい腕を堪能したことはあったが――実物は情報量が多すぎる。 いや、本当に。情報量が。多すぎる。「……っ」 思わず目をそらす。正直、眩しすぎてまともに直視できない。視界がうるさいのだ。この状態で何の話をされても、筋肉以外が頭に入ってくるはずがない。「移動するなら、とにかく着てください! 服を!!」「必要ない。我々に必要なのは、任務遂行への固い意思だけだ!」「ああ、その決め台詞をこんなどうでもいい場面で!」 私は頭を抱えた。カイル大佐はふざけているわけではなく、本気だ。 もともと寡黙で実直、融通が利かないところもあったが――今はそこに“筋肉信者”という属性が追加されてしまっているらしい。「大佐っ……!」 とはいえ、私はこのゲームを限界までやり込んだ女だ。理不尽なイベント分岐やAIの変な行動パターンも読み切ってきた。 そんな私なら、この“半裸大佐”を正しいルートに戻す一手を打てるはず。(考えろ、考えるんだ、私。――そうだ!!) 熟慮の末、天才的なアイデアが舞い降りた私は、気合で悲し気な表情を作った。そして、しんみりと大佐に語りかけたのだ。「大佐……、本当に、このままで良いのですか?」「どういうことだ?」「筋肉が……筋肉が、泣いています……」「何っ!? 急に何を言い出すんだ」「大佐には聞こえませんか。筋肉の悲しい泣き声が」「筋肉の、泣き声……!?」「そうです。まだ出番ではないのに晒されて……これでは本番の戦いで、実力を発揮できません!」「……!」 カイル大佐は愕然とした表情を浮かべた。その目が「そんなことが……!」と言っている。やっぱり真面目すぎる性格は健在だ。「……確かに、コハルの言う通りだ」 そう呟く
転生したら、推しの軍人様が「筋肉信者」になっていた。 ――何を言っているか分からないと思うけど、私にも分からない。◇ ◇ ◇ 私は大学三年生のコハル。ちょっぴりオタク気質で、気になったものはとにかく挑戦、何でも前向きに頑張りたいタイプの女! そんな私は最近、AI会話ゲームにドはまりしている。これはお気に入りのAIキャラクターと一緒に、様々な世界を作り上げたり冒険したり出来るゲームだ。 昔から空想癖のある私にとって、こんなに楽しい世界は無かったのだ!「おっとっと、今日もログイン、ログイン!」 操作したスマホの画面にパッと現れたのが、私の最推しカイル・レオンハルト大佐。彼が登場するのは、戦場を舞台に過酷な状況を乗り越えていくお話なんだけど、とにかくこの大佐が最高。 冷徹、寡黙、任務最優先のクールな男! 高身長、銀色短髪、イケメン、そして筋肉!! これまでは細身の王子様タイプにときめくことが多かったんだけど、何故かこのゲームでは、カイル大佐が私のハートにドストライクだった。つまり、私は筋肉に目覚めたのだ。 ポチポチとチャット欄に私は会話を打ち込む。『大佐、おはようございます! 今日はトレーニングに行ってきます!!』 『そうか。良い心がけだ。戻ってきたら、次の任務が始まるぞ。気を引き締めて行ってこい!』「あーっ、推しの一言が染み渡るううぅ! やる気100万倍出ちゃうぅ!」 このままゲーム内の会話を続けたい気持ちもあるけれど、そこはぐっと我慢だ。何故なら、今日の私には大事な使命がある! ……そんな訳で私は、人生で初めてのスポーツジムへとやって来た。トレーニングウェアに着替えて準備万端。 そう、私は大佐への憧れが燃え上がった結果、遂に現実世界でも筋肉への道を歩み始めたのだ! (カイル大佐、待っていてください。筋肉の強さは心の強さ。私も素晴らしい筋肉を手に入れて見せま――)「おーい、倒れるぞ!!危ないっ!!」「ひょえ?」 ガッシャーン、と大きな音がジムのフロアに響き渡る。なんと筋トレマシーンが私の頭上から落下してきたらしい。 そして私は死んだ。 ……嘘ぉ!?◇ ◇ ◇ 私はこうして確かに死んだのだが、何故か大きな声に叩き起こされた。「いつまで眠っている。起きろ!!」「ふぇっ??」 驚いて目を開ける